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2021年11月27日 --- 蔓歌ろこ 
​#2 生きたいと

「今回は〜……1430円になります」
「はい……」


 聞き慣れたオルゴールの音源は、もうすっかり背景と化してしまった。お姉ちゃんに多めに持たされたお金を払う。


「今回もまたお薬が変わってますが、お医者様からの説明は受けましたか?」
「はい。大丈夫です……」
「……今回も、強めのお薬に変わりましたね。お大事になさってくださいね」

 ありがとうございます。そう言いながら、扉に手をかけると、精神科の暖かな空気から一変、冬の寒さに肩をすくめる。
 あの事故があってから半年以上。私は端的に言うと、鬱病を発症した。
自分のせいで。ああ、自分のせい。全て自分のせい。私があの日、買い物に行きたいなんて言わなければ良かったのに。お姉ちゃんを驚かせようと思って、かわいい服を買おうだなんて、しなければ良かった。今のご時世、通販だってあるんだから。でも生地の感触も知りたいよね〜と母と盛り上がっちゃって、たまたま仕事が休みだった父が車を出してくれた。

 そしたら、これだ。
あの時、全てがスロー再生に見えた気がするが、咄嗟に庇ってくれた母によって視界が遮られ、衝撃により気を失ったためよく覚えていない。
 お葬式のことは、なんとなく覚えている。なんかお焼香や親族の挨拶の練習をしたな、とか。私たちよりも周りの人達の方が泣いていたな、とか。私も、お姉ちゃんも、両親の遺体には触らなかったな、とか。
触ってしまったら、暖かい両親の肌の記憶が、冷たいゴムのようなものに上書きされてしまうんじゃないかと思ったから。
きっと、お姉ちゃんもそう思ってた。代わりに、まだ暖かい私のことを抱きしめていた。泣いてなかったけど、泣いてた。

 処方箋の写真を撮って、お薬手帳アプリで自宅からほど近い薬局に送る。待ち時間がないから、これが便利なのだ。
 
「あ、ろこ〜! 病院終わった?」
「うん、ありがとうお姉ちゃん、待ってくれて」
「全然いいよ~! ……薬は、どう? 昨日まで飲んでたやつはちょっと調子悪そうだったね」
「あんまり、相性良くなかったみたい。今回はまた新しいのに変わったよ。あと、睡眠薬も。これ、処方されるものの中でいちばん強いんだって」
「えっ、ちょっと怖いね」
「ね」

 2人で手を繋ぎながら帰路に着く。ああ、やっとこれを貰えた。やっとだ。処方されるものの中で一番強く、犯罪や乱暴にに使われたこともある、強力な薬。これで、私は、解放されるんだ。

ごめんなさい、お姉ちゃん。私。私……耐えられなかったよ。


 暦は12月にさしかかりつつある。1日2錠ぶん処方されたこれを溜めて、桜が咲いた頃。私は。わたし、は……


「あ! あのさ、今度の日曜日! 大好きなブランドのお店が新しいところにオープンするの! しかも結構おっきくてね、ろこちゃんにも合いそうなもの沢山あるんだよ!」

 これまで静かに手を繋いでくれていた姉が、思い出したように話す。花が咲いたように笑う姉が、眩しい。

 


「ふふ……そうなんだ」
「ね、行こうよ! お願い〜〜! 今度またファッションショーしちゃうんだから!」
「日曜日……日曜日かあ。元気かなあ、その日」
「ふふーん、このお姉ちゃんが、ろこちゃんを元気を出してあげちゃいます!」
「え?」
「まず手始めにい~~……あそこのドーナツ屋さん! 行こう! ろこの好きなやつ、いっぱい買っちゃえ~~!!」
「え、えっ!? ……お姉ちゃん、もしかしてお金多く持たせてくれたのって……?」
「もっちろんこのため! お姉ちゃんはぁ、結構計画的なのです! そしたらあ、クレープ屋さんにも寄って……お家で食べるお菓子もい~~っぱい買って~~……」

 あはは、やだなあ。お姉ちゃん。そんなの。
私、もっと生きたいって、思っちゃうよ。

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