2021年4月1日 --- 蔓歌せら
#1 ふたり
私はこの日、友達と遊ぶ約束をしていた。中学2年生として学校に通わなきゃいけなくなるまで残り数日。せっかくの春休みなのだから遊びつくそうと、ここ数週間は休み期間のはずなのに予定でぎちぎちだった。今日は電車に揺られてちょっと遠出。美味しいご飯や綺麗なスイーツ食べたり服を見たりして、じゃあ次はカラオケに行こう! となったその時だった。
母の携帯から、最後の着信が来たのは。
電話の相手は母ではない、知らない女性のものだった。逼迫した様子で矢継ぎ早にあらゆることを告げられたが、よくわからなかった。とりあえず私は、病院に向かわないといけないらしい。震える声で必死に友人たちに事情を話すと、早く行きな!! と背中を押された。そこで少し正気を取り戻した私は、慌てて駅へと走っていった。
――
「ろこ!?」
360度を覆う白い壁が私の声をぐわんと反響する。
その壁の先には、意識は無いもののまだ息をする愛する妹の姿がそこにはあった。
「ろこ、ろこちゃん、ねえ、どうしたの? なんで、なんで? なにが、あったの?」
ろこちゃん、ろこちゃん。ぼろぼろと泣きながら、返事ができない彼女に問う。そりゃそうだ、彼女は、彼女と両親は。
ガラガラ。
「蔓歌せらさんでお間違いないでしょうか?」
「、ぁ……はい。そうです」
看護師の方々数名と、女医の方。彼女らが、ろこの……ろこと、両親の担当なのだろう。嫌に沈痛な面持ちである。ああ、わかってる。もう、もう……分かっているから、そんなあからさまな顔をしないで。
メイクがよれることも気にせず、目元をごしごしと拭った。今日は若者が多くいるエリアに行くから、舐められないようにと朝早くから必死に準備したのを思い出した。今日は結構、アイライン綺麗に引けたんだけどな。
「この度は、誠に……」
「いえ。……いいんです。ぐずっ……いいわけないけど。いいですよ、そんな顔しなくっても」
両親は即死だった。
両親とろこは、3人で車に乗って出かけていたらしい。
春と聞けばうららかでほんのり暖かい、そんなものを連想させるが、今日は違った。現実の春は、気候が不安定だ。梅雨の時期と同じくらい雨が降って、滑りやすい。人間の靴も、車のタイヤも。
そんな中で目の前を走っていたトラックが横転し巻き込まれてしまったのは、不運としか言いようが無い。誰のせいでもない。誰かを責めたてることもできない。だからこそ、「交通事故で両親を失ってしまった可哀想な娘さん」と書いてあるその女医たちの目が、本当に気に食わない。八つ当たりしそうになる。うるさいな。私だって、まだ整理がついていないのに。
可哀想な子、なんてレッテル貼りしないで。
ああ、ああ! ムカついてたまらない。私は可哀想な子なんかじゃない。せら。蔓歌せら。両親から受け継いだ苗字と、初めてもらったプレゼントである名前がついている。目の前で眠っているこの子だってそうだ。だから、そんな目で私たちを見ないで。私達は普通の、幸せな家族そのもので、だからそんな……。
……私は今、気が立っている。ああ、もし睨むような顔をしていたら、ごめんなさい。
「ろこは……どうなんですか」
「幸いなことに、ろこさんは損傷が極端に浅く……明日か明後日には目が覚めると思います」
「本当ですか! ……良かっ、たあ〜〜……」
良かった。私は、そう思った。私は彼女に生きていて欲しい。幸せでいてほしいから。でも、本当にそれで良かったんだろうか。もしかしたら、もしかしたら、彼女自身は。
このときにどうにかなってしまえたほうが、幸せだったのかもしれない。




