2022年4月1日 --- 蔓歌せら
#7 あなたのわらった顔
玄関からドアを開く音が聞こえた。それと一緒に聞き慣れた足音が聞こえて来て、私は慌てて迎えに行く。
「ろこちゃん!! もお〜〜、どこ行ってたの!? お昼買ってくるから待っててって行ったのにいなくなっちゃうんだからびっくりしたあ〜〜〜……」
今日は両親の一周忌だった。だから、2人の遺影を持って昨年行けなかったお花見に行こうかと話をしていたのだ。本当は2人で買い出しに行く予定だったが、ろこちゃんがとても眠そうにしていたから、まだ寝てていいよと言って1人でスーパーに向かったのだった。家族でよく食べていたお惣菜の春巻きやら、お母さんが好きだったスイーツに、お父さんがよくおつまみにしていたスナック菓子、私たちが好きなジャンクフードやジュースなんかを買って、ちょっと重たいレジ袋をぶら下げようやく家に帰ってきたのだった。もうお昼過ぎだけど、気温的にはちょうど暖かいし今日はよく晴れているし、むしろちょうど良かったかも。
しかし、部屋にろこちゃんがいなかった。声を掛けても返事がないことはよくあったから、入るよと言ってあの子の部屋の扉を開けた。そこは、もぬけの殻だった。
ここ1年、必要がなければずっと部屋にこもりきりだった彼女が1人でどこかに行くなど考えられなかった。私は気が動転しながらもやっとの思いで彼女に電話をしたが、無情なことに着信音は誰もいないベッドの上から聞こえてきた。スマホも持たずに1人でなんておかしい。家のどこかにいるのか、お腹を壊してお手洗いにでも篭っているのか、様々な考えが飛び交い家中を探し回ったが、とうとう見つけられることは無かった。
ひとつの、ずっと考えついてはいたけど信じたくなかった仮説が現実味を帯びる。あの子の病気は、極端に自殺率が高いと有名だった。そんな、そんなこと、そんなはず。いよいよ警察に連絡を入れようとしたその時、あの子はふらっと帰ってきた。
「……ごめんね、お姉ちゃん。今の服で暑かったり寒かったりしないかなと思って、確かめるためにお散歩……してた」
「はあ〜〜、びっくりしたあ……確かに、ろこちゃんは外出るの久々だしね……? でもスマホで気温とか見れるし……てかそう、スマホ! なんも持たずに出てっちゃうんだから!」
「あは……ちょっと出てすぐ戻るつもりだったから、つい」
「も、もお〜〜〜〜!! 良かったあ、心配した……! 私、ろこちゃんが、てっきり……」
言葉の続きの代わりに、妹をぎゅっと抱き締めた。まだまだ小さい、可愛い子。私だけの、たった一人の大切な家族。どうか、私を置いてどこかへなんて行かないで。あなたまでいなくなってしまったら、私は。
私が小さな身体を抱いた瞬間、彼女は一瞬背筋を強ばらせた。ちょっと、色々と大袈裟に言い過ぎちゃったかな。私としては大袈裟に言ったつもりは無かったけど、負担にさせてしまったら良くない。彼女を安心させたくて、ピンク色の頭を撫でた。
「無事なら、なんでもいいよ。良かった」
「……う、ん。ごめ、ん」
「うん。……じゃあ、リュックとかに必要なもの詰めてさ、お花見行こっか! 今は暖かいから、日向ぼっこできちゃうねえ」
「そうだね……うん、あったかいもんね」
ろこちゃんが柔らかく、幸せそうに笑った。そんな顔、いつぶりに見たっけ。こんな風に笑えたんだっけ、この子は。……いけないな。ここ一年ずっと大変だったからか、この子の笑い方にすらピンと来ないだなんて。
いいよ、もう。この子が幸せそうなら、私は。なんでもいい。
なんでもいい、はず。